坂本名物本家鶴喜そばについて

077-578-0002 営業時間/10:00〜18:00 定休日/第3金曜日・元日(1月、6月は第3木・金曜日休み、8月、11月は無休)

本家鶴喜そばについて

坂本名物「本家鶴喜そば」の由来

天台宗比叡山延暦寺は、昔より宮様が座主として御座りになられた関係で、京都御所より度々ご来賓が在りました。山上では、食べ物も非常に不自由でしたので、累代、我祖先が蕎麦調製の為山上に仕出して居りました。
又、比叡山で断食の行を終えた修行僧たちが、弱った胃を慣らす為に、まず食したのが消化の良い蕎麦だと言われています。それに100日間の「五穀絶ち」の行では米・麦・粟・豆・稗と塩・果物・海藻類が禁じられており、許されていたそばが修行僧の栄養源となっておりました。

坂本はかつて三塔十六谷、三千坊といわれた比叡山延暦寺の台所を預かる門前町として栄え、参詣の人々で賑わいました。享保元年(1716年)に、延暦寺で賄い方の僧侶であった当代鶴屋喜八なる人が遠方より旅してこられた方々に蕎麦を振る舞い、たいそう喜ばれたことが始まりで坂本の里に本家鶴喜そばを創業し、以来代々業務に従事致しております。其の間、実に三百年以上の古き歴史であります。

明治四十五年に滋賀県に参謀演習がありました時に、皇太子(後の大正天皇)が御成りになり、湖東彦根に御駐泊になりました。宿舎より伊吹山を御眺めになり、当山に昔より栽培する山蕎麦の説明をお聞きになり、朕に其蕎麦を取り寄せよと仰せられました。時の滋賀県知事川島純幹氏が当店に命ぜられましたので、早速調製して差上げましたところ、非常にご満足にて御意に召し、還幸のおりには明治天皇の御土産として御持帰りになられました。

お陰をもちまして、日吉大社、延暦寺、西教寺に御参詣の方々は、何はともあれ話の種にとお立ち寄りいただいております。

現在もなお昔ながらの手打ちそばとして、創業三百年の伝統の味と技術を守っております。そのために、常に材料を厳選し、秘伝のつゆに磨きをかけるべく、日々精進しております。従業員一同、皆様方のお越しを心よりお待ち申し上げます。

謹言

坂本名物「本家鶴喜そば」の使命

「和食」は2013年世界無形文化遺産に登録されました。その中でも「そば」は他の和食にはない独特の文化を持っています。昔からそばは各地域の人々の生活に密接に関係し、日々の生活を支え、晦日蕎麦をはじめ いろいろな行事の中で食されてきました。
近年製麺機の普及、インスタントや冷凍技術の向上により、いつでもどこでもそばが手軽に食されるようになりました。その反面昔ながらの手打ちそばの美味しさや伝統、文化が失われつつあるように思います。
本家鶴㐂そばは、延暦寺の門前町で昔からの石積みや町並みが残る坂本に立地し、登録有形文化財の入母屋造りの建物で、300年以上に渡り受け継がれてきた昔ながらの手打ちそばを提供させていただいております。
そば好きの方はもとより、何かのご縁で当店へご来店くださった方が本来のそばに興味を持っていただき、そばのファン、ひいては本家鶴㐂そばのファンになっていただけることを喜びとし、励みとしております。

これからもそばの伝統文化を継承し未来へ発信していくことを使命とし、日々精進してまいります。

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登録有形文化財に指定 ※平成九年五月二十三日

築130年を越える母屋は、そばだけでなく、当時夜は川魚や精進料理でおもてなしできるよう建てられました。入母屋造の総二階建で、濡れ縁には折鶴がくりぬかれ、当時としては、少々華やかな仕様になっています。

当初桧皮葺だった唐破風が、消防法によって、今では銅版になっています。

2002年大屋根の修復工事を行い、2006年初春には母屋一階席とお座敷を改装、中庭も弊店より古い百日紅や平安時代のものといわれる灯篭を活かし、鶴や坂本をキーワードに、本家鶴喜をよく知る辻井造園さんによって生まれかわりました。

2021年(株)空さんにより厨房を全面改装し、レジまわりを創業当初の帳場台をイメージした造作に戻していただきました。

初代当主、鶴屋喜八の味と技は、今も八代目と九代目に受継がれ、皆様のお越しをお待ちしております。

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手打ちにこだわる本家と機械打ちでの店舗展開をはかる分家とは、経営スタイルが異なるため七代目からは別会社となりました。本家鶴喜そばは代々受け継いだ手打ちそばを守るため、今もなお一店舗のみでの営業となっております。

鶴喜そばの歴史
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