当家の創業者である初祖・鶴屋喜八が寛永九年(一六三二年)に没していたことが分かり、これにより私どもの創業が「寛永年間」であることが明らかとなりました。四百年の長きにわたり、この地で暖簾を守り続けられましたのは、ひとえに皆様方の温かいご愛顧の賜物と、深く御礼申し上げます。
先代より語り継がれてきた比叡山焼き討ちの記憶は、今なお私どもの心に色褪せることはございません。今も「坂本地蔵」という自然の拠り所に手を合わせ、郷土の平和を祈り続けております。
かつて先代は、最澄様がお生まれになった生源寺の前より延暦寺まで、不滅の法灯の油の奉納を兼ね、籠を背負って何時間もかけて山を登り降りしておりました故、鶴屋は延暦寺に上がる事を許され「上延(ジヤウエン)」との名を頂いたと伝わります。その先代の「忘己利他」の精神を私どもは深く崇拝し、この門前鶴屋の喜八そばを二八蕎麦の文化で機械に頼ることなく、次の五百年目へ向けて繋げていかねばならないという、強い覚悟を抱いております。
「あえてこの場所で、最澄様の仰る『一隅を照らす』ことがしたい」
創業者がそう願いを込めて始めたのが、当店の興りでございました。
この度、その原点へと立ち返り、「一隅を照らす」運動に協力するための建物を構えました。創業時の店を守る為、すべての支店を統合し、職人たちがこの生源寺前の店へ集結いたしました。一店舗となったことを機に、屋号も創業当時、四百年前の「鶴屋喜八」へと戻すことといたしました。
すべては、この地で一隅を照らし、人の手による門前蕎麦文化を未来へと繋ぐため。
新たな決意で歩み出す「鶴屋喜八」を、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
株式会社 本家つる㐂
代表取締役社長 上延昌洋
築140年を越える母屋は、そばだけでなく、当時夜は川魚や精進料理でおもてなしできるよう建てられました。入母屋造の総二階建で、濡れ縁には折鶴がくりぬかれ、当時としては、少々華やかな仕様になっています。
当初桧皮葺だった入母屋破風が、消防法によって、今では銅版になっています。
2002年大屋根の修復工事を行い、2006年初春には母屋一階席とお座敷を改装、中庭も弊店より古い百日紅や平安時代のものといわれる灯篭を活かし、鶴や坂本をキーワードに、手打蕎麦 鶴屋喜八をよく知る辻井造園さんによって生まれかわりました。
2021年に厨房を全面改装し、レジまわりを創業当初の帳場台をイメージした造りにいたしました。
初代当主、鶴屋喜八の味と技は、今も九代目と十代目に受継がれ、皆様のお越しをお待ちしております。



